2008年3月30日日曜日

どこに住めばいいの?

ボクは、今まで関西圏のあちこちに住んだ。

最初は、大学時代の下宿で、大阪市旭区。
それから、入社した会社の寮で、芦屋市、宝塚市、枚方市
その後、池田市、奈良市、大阪市、丹波市
という感じ。

どこの土地でも、「住めば都」で、それなりに楽しかったけど、その場所ごとに違う生活があったね。

例えば、同じ芦屋市でも場所によって全く別の街のように違うし、枚方市に住んでいた頃は近くに何もないので車での活動が増えたし、池田市ではすぐ近くでも車で出かけて山の麓から大阪市内の夜景を眺めながら食事をすることが多かった。

奈良市では、子供を連れて奈良公園でスケッチをしたり、ボートに乗ったり、社寺を巡った。

大阪市内では、時間との調整がなかなか難しかったけど、近くの公共施設を使いまくった。

考えてみると、それぞれの街に住んでいたときは、当然かも知れないけれどその街によって、全く違ったライフスタイルになってしまう。

住んでいる場所で大きく異なるのは、車中心の生活か徒歩が中心の生活かだ。

池田市や枚方市では、市内で過ごすというより、クルマが便利なところに住んでいたこともあって、喫茶店に行くにもクルマがあるという前提の社会だったし、大阪市に住んでいるときは、クルマの方がむしろ不便だ。

逆に、丹波市では、クルマがなければ喫茶店はおろかコンビニにも行けない。

先日、ある都心マンションのモデルルームでおしゃべりしたとき、販売員の方がこんな話をしてくれた。

「最近は、大阪でも都心回帰の傾向が強いんですけど、高齢者の人も目立つんです。典型的な事例は、池田市より遠くの方で、郊外の一戸建て住宅に住んでいた家族が、子供が巣立って夫婦だけになると家が広すぎて掃除や防犯の心配があることやクルマでの買い物が億劫になってきたので、徒歩圏に施設が揃っている都心に戻って来たいという人が多いんです。」

確かに都心は便利だけど、野菜つくりや緑の中の散歩や近所の人たちとのコミュニティなど、郊外の方が得やすい部分も多い。

でも、かつて市内に住んでいた人が高齢になって都心回帰することはあっても、高齢になって初めて都心に住むというのはもったいないと思う。

やっぱりその土地に合った生活スタイルというのがあって、自分のスタイルをその土地で作り上げなくちゃ面白くないんだよ。

郊外に住んでいたときは、近所の友達って結構一緒に話したり遊んだりしたけど、大阪の都心に住むようになったら、近所にはほとんど友達がいない。また、丹波市に戻っても、長い間大阪にいたので、こちらでも友達がいない。

だから、高齢者になると自宅に知人を招いておしゃべりできるようにしないと、めちゃ寂しくなるわけだ。

そこで、ボク自身は、自宅に楽しくおしゃべりできるテーブルやコーヒーのセットを置いたりして、知人が飽きずに来てもらえるような空間を作りたいと思っている。

2008年3月19日水曜日

シニア向けサービス合戦のブログをスタート

臼井です。

このブログの記述メンバーの一人になった。

メンバーの中の唯一のシニア世代だ。

だから、サービスを提供する側というより、本当はサービスを受ける側なんである。

でも、サービスを提供する側の人たちにとっては、そのサービスを評価する立場の人間として、ひょっとしたらとっても貴重な存在になれるかも知れないのだ。

そのうち、ボクだって、自分の望んでいるサービスを提供する側になるかも。。。

何はともあれ、ボクの人生はコンピュータの歴史と共に歩んできたと言える。

大学を卒業してすぐにコンピュータを利用する側の会社に入社して、大型汎用コンピュータと呼ばれる1台ウン十億円というコンピュータを操ったのだ。

いまや、そのコンピュータは世の中に溢れ返り、便利になった反面、非常にヤバイ道具にもなった訳だ。

そこで、ボクは、NPO「情報セキュリティ研究所」を設立して、自治体などのセキュリティ対策を支援している。

どの分野でも同じだろうけど、いろいろな分野を得意としている人々が集まって、1つの目的を遂行するような組織がないと、なかなか目的を達成することができないし、第一、それぞれのメンバーが必要とするエネルギーの基である刺激が得られない。

刺激のないところに未来はないのである。

「老人にも未来が必要だ!」ということで、いろいろな人と刺激し合いつつ、目的である高齢者サービスの技を競おうと思う。

ということで、ボクのブログは「ですます調」でなく、慣れている「である調」で書くことにした。

では、皆さん、このブログがどういう風に発展するか、お楽しみに。